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ポーランド紹介

ポーランドと聞いてまず何を連想しますか?「ショパン」「コペルニクス」「キュリー夫人」など歴史上の著名人物に始まり「ワルシャワ条約機構」「連帯」な ど政治的な出来事を思い出す人もいるでしょう。ポーランドは「ヨーロッパの心臓」と言われるようにヨーロッパの中心に位置し、ドイツやウクライナなど7カ 国に囲まれた国です。地理的利点から歴史上、多くの強国に国土を荒らされ、そのたびに復興を遂げてきました。第2次世界大戦によって完全に破壊されたワル シャワの旧市街は人々の手によって壁のひび1つ1つに至るまで復興されました。現在ワルシャワはヨーロッパの主要都市の1つとして世界中から多くの観光客 を迎え入れています。2016年1月からは日本ポーランド間の直行便が運航されます。

人口

約3,816万人(EU第6位、日本の約30%)。第二次世界大戦直前1938年総人口は3,485万人、戦後の1946年は2,393万人(戦争で人口が3割減少)ワルシャワの人口は約170万人。

時差

日本の方が8時間早い。3月最後の日曜日から10月最後の日曜日まではサマータイムとなり時差は7時間。

面積

32.3万平方キロメートル(日本の約85%、日本全体から九州・四国を引いた程度の大きさ)。

気候

最高平均気温(7月)21.9度、最低平均気温(1月)-8.0度、ワルシャワがある北緯52度はロシア・カムチャッカ半島に相当。平成21年静岡市の年間降水量2,350.5mmである一方、ワルシャワは798㎜と降水量はあまり多くない。史上最低気温は-36.9度(Jelenia Gora 1956年2月)。最近は温暖化の影響で夏に30度後半まで行くこともまれにある。

ポーランド入国

日 本の旅券でポーランドに入国する場合、90日以内の滞在であればビザは必要ない。また、シェンゲンエリア(25カ国が加盟)にあるため、エリア内の外国に 移動する際、出入国印がない。ポーランドから出たことを証明するためにはシェンゲンエリア以外に出るか、ポーランド以外の国にあるポーランド大使館・領事 館にて書類を得る必要がある。電圧は220v、日本の電化製品を使用する場合には注意が必要。

通貨・税金

通貨はゾロチ、商品の代金にVATと呼ばれる付加価値税が5~23%ついている。しかし店によっては一度に200ソロチ以上買った場合、商品を使用せずに国外に持ち出した場合、払った税金が戻ってくる。その場合は店での支払いの際に書類を受け受け取り、その商品を使用せずにシェンゲンエリア外に持ち出す際に空港などで持ち出し印をもらい、日本帰国時に空港などで返金を受ける。

地理

東にはヨーロッパ最古の原生林「Białowieża」、中央にはヨーロッパ最古の山「Świętokrzyskie」、南には国境を走る山脈「Tatry」、北には氷河時代に生まれた湖畔地域「Mazury」などがある。一番高い山はリィスィ山で2,499m。

ポーランドの著名人

  • アンジェイ・ヴァイダ(1926-、映画監督、作品「灰とダイアモンド」等)
  • フリデリック・ショパン(1810-1846、作曲家、ピアニスト)
  • キュリー夫人(1867-1934、物理学者、化学者)
  • ワレサ議長(1943-、政治家、元ポーランド共和国大統領)
  • ザメンホフ(1859-1917、眼科医、言語学者、エスペラント語創始者)
  • ニコラウス・コペルニクス(1473-1543、天文学者、地動説を唱えた)

日本との共通点・つながり

① 憲法記念日(ポーランドは1791年5月3日市民と貴族とを政治的に平等に扱う憲法が誕生。日本の憲法は1947年に作られたため時代は違う)

② 国旗の色(赤白)

③ 日本国国歌「君が代」(現在のポーランド領、プロイセン王国シュレージエン地方のノイローデ、現在のノヴァルダにて生まれたフランツ・エッケルトフランツ・ エッケルトによって1880年伴奏、和声がつけられた。彼はブレスラウとドレスデンの音楽学校に学び、1879年に来日している。

経済協力

日 本による対ポーランド経済協力は、政府開発援助が主であった。1989年には民主化への体制変換に対して緊急食糧援助、円借款などを提供している。その後 も国際協力機構による技術支援や財政、貿易振興などさまざまな面で支援を行ってきた。ポーランドが2004年にEUに加盟したことから無償資金協力援助は なくなった。
国際協力機構からは計106人が派遣され、そのうち30パーセント強が日本語教師である。

日系企業進出状況

ポーランドは中東欧最大の1,800万人の労働人口を有し、失業率が12.3%と高いことから進出企業数は2010年10月現在で264社と中東欧地域で最大である。進出先は首都ワルシャワに加えドイツやスロバキアなど周辺国へのアクセスがいい南部や西部にも多い。

日本・ポーランド文化交流

①    1904年の日露戦争
ポーランド人の日本に対する関心は大いに高まる(ロシアが敗北すれば祖国が独立するかもしれないという希望による)
1925年、51人の日本人将校に対ロシア戦時の軍功を称えてVirtuti Militariの勲章が授与される。その後、両国の軍事協力が発展する。文化の面でもポーランド日本協会などが組織された。

②    シベリア孤児
シ ベリアはポーランド独立派の流刑地であった。1919年に始まったソ連との戦争でシベリアに送られていた孤児の帰国が難しくなり、ポーランドは日本に支援 を要請。お互いに外交関係はなかったが、シベリア出兵中の帝国陸軍によって孤児たちは一時日本に、その後日本赤十字の協力でシベリア孤児約800名が無事 帰国。

③    1919年、日本がポーランドを国歌として承認

④    1949年、杉原千畝カウナス領事代理の命のビザ発行により多くのポーランド系ユダヤ人が命を救われる。

⑤    第2次世界大戦により断絶した国交は1957年国連本部にて回復

⑥    1982年、戒厳令を敷いたポーランド政府に対し日本は経済措置

⑦    1995年、阪神・淡路大震災被災児童がポーランドに招待される。